広根

「あっっっっつい!!!!」

島根県庁執務室の奥の奥。島根さんの私室の襖を『すぱーん!』と勢いよく開けながら広島は叫んだ。職員からの内線で来訪者を把握していた部屋の主は扇風機の強さを最大にして首の動きを固定する。

「こんにちは、広島さん。暑い中お疲れ様でした。どうぞこちらへ」

「ありがと〜島根〜〜…」

扇風機の前に置かれた座布団にどかっと座り首の角度をわずかに調整する。エアコンで冷やされた空気を全身に浴び、肺に残っていた熱気が「はぁ、」と吐き出された。

「あ゛〜〜、生き返る……」

「今日は急ぎの仕事ではありませんし、ゆっくりしてくださいね」

緑茶の入ったグラスを差し出す島根。揺れた氷がからん、と涼しげな音を鳴らす。それを視界に入れた広島はふっと笑みを浮かべると、おもむろに手袋を脱いだ。

「ありがと、島根」

見慣れてきた傷痕を向ける広島に、島根は少し複雑そうな表情でグラスを手渡す。広島は表情を変えぬまま受け取って、ぐっとグラスに口をつける。白い喉が動くたび液体は減っていって、残された氷が音を鳴らしたのと島根が口を開いたのはほぼ同時だった。

「…僕、急ぎの仕事ではないとは言いましたが、仕事をしないとは言ってませんよ」

広島が手袋を外したことを『今日はもう仕事しないアピール』と島根が受け取ったのも仕方がない。己の傷を人目に晒すことを良しとしない彼が手袋を外すのはいつだって、自分とふたりきりで時間を共有するときだけだったから。

「え?ああ、俺がコレ外したからイチャイチャし始めるんだと思った?」

「イチャ…っ!?」

「安心しなって。仕事はする。ただ単に熱かっただけだからさ」

手招かれ、すぐ近くで正座していた島根は膝を進める。ほら、と伸びてきた手が島根の頬に触れた。冷気を浴び、冷たい物を飲み干してなお、その指先は熱をもっていた。

「だから、これが冷めるまではいいだろ?」

普段から彼の手はこのくらい熱を帯びていなかっただろうか。一瞬そんなことを考えてしかし島根は目を閉じる。

「わかりました。では、それまではゆっくりしましょう」

頬を滑る感触とともに「いいこ」という優しい響きが質感を伴って降ってきた。

 

***

くるっぷに投げてたやつ。

くるっぷ閉鎖したので持ってきました。